いつもとは、趣きを変えて、今回は日本のマンションの歴史について整理してみたいと思います。
日本のマンションの歴史は浅く、まだ100年程度ですが、ヨーロッパでは築数100年の建物があたりまえのように存在しており、日本人が中古住宅を購入する際に必ずチェックする「築年数」を、ほとんど気にしない慣習になっているようです。
日本でも欧米のようなビンテージマンションが、これから沢山でてくることを楽しみにしています。
「マンション」の定義
マンションの歴史を語る前に、まずその「マンション」とは何を指すのか、を整理しておきたいと思います。
「マンション」という言葉は、中高層の集合住宅で、鉄筋コンクリート(RC)造などの耐火建築物という認識が一般的ではないでしょうか。
語源となった「mansion」は、英語圏ではあまり使われておらず、大邸宅や豪邸を表す言葉なので、「I live in a mansion in Japan.」などと外国人に自己紹介すると、自己顕示欲の強い人だと勘違いされるかもしれませんね。
日本の「マンション」に相当する英単語は、「apartment」「condominium」が近いと思いますが、apartment は集合住宅全般を指しますので、木造かRC造かの違いはありません。一方でcondominiumは「分譲」の意味が強く、集合住宅だけでなく戸建てのものも含みます。
日本では、「分譲マンション」、「賃貸マンション」という言葉があるくらいなので、一般には「マンション」だけでは分譲なのか賃貸なのかわかりません。
ところが、2001年に施行された「マンションの管理の適正化の推進に関する法律(マンション管理適正化法)」で、初めて「マンション」が法律用語として以下のように定義づけられました。
一 マンション 次に掲げるものをいう。
イ 二以上の区分所有者が存する建物で人の居住の用に供する専有部分のあるもの並びにその敷地及び付属施設
ロ 一団地内の土地又は付属施設が当該団地内にあるイに掲げる建物を含む数棟の建物の所有者の共有に属する場合における当該土地及び付属施設
マンション管理適正化法 第二条
ここには、建物の造りについては規定されておらず、「区分所有(分譲)」かつ「居住用の専有部分」がある建物ということになります。
すなわち、木造の建物でも居住用として分譲されていれば「マンション」であり、逆にRC造でも一棟オーナーの賃貸物件は、この法律でいう「マンション」ではないということになります。
この定義は、あくまでマイナーな法律における定義ですので、この記事では分譲か賃貸かの線は引かず、RC造などの耐火建築の集合住宅の歴史を追いかけてみたいと思います。
マンションの始まり(1916年~)
日本で最初のRC造の集合住宅は、軍艦島(端島)のマンションといわれています。
島全体が三菱鉱業(現三菱マテリアル)の石炭採掘のために設計・開発され、ピーク時には約5300人がこの島で生活をしていたそうです。その島民の生活拠点として1916年に建設された日本最古のマンションは、1974年に閉山された後は全くメンテナンスがされておらず、現在では一部で崩落が始まっているようです。
しかし、建築技術も未熟で建築基準も整備されてない頃の初めての鉄筋コンクリート造の建物が、360度海風をまともに受け続ける過酷な環境の中、築100年を超え、50年近く全くメンテナンスしていなくても建物としての外観を保っているという事実に驚かされます。世界遺産に登録され、今後再開発されることもないでしょうから、これからもRC建築物の経年劣化の貴重な研究材料となっていくことでしょう。
このマンションは三菱鉱業の社宅でしたから、賃貸マンションということになりますね。では、日本初の分譲マンションが建てられたのはいつでしょうか。
マンションの草創期(1920~1950年代)
1923年に発生した関東大震災の復興支援を目的とした震災義捐金で1924年~1933年までに建てられたRC造の集合住宅が「同潤会アパート」です。震災で木造家屋が密集した市街地で甚大な被害を受けたこともあり、地震や火災に強い住宅をできるだけ多くの人々に供給することを目的に建設されました。
同潤会アパートは、RC造の集合住宅の普及に大きな影響を与え、その管理やコミュニティ形成など、様々な面で日本のマンションの原型を作ってきたと言えます。
建設時は賃貸マンションでスタートしましたが、戦後に居住者に払い下げられ、「分譲マンション」となりました。これが日本の分譲マンションの始まりとされています。
同潤会アパートは、東京と神奈川の15カ所に建てられ、歴史的・文化的な建造物として保存運動も起こりましたが、1982年~2013年までに全て建て替えとなりました。
建て替えられた建物が、代官山アドレスや表参道ヒルズと聞けば、それもやむを得ない話なのかなと思います。
同潤会アパートを研究した論文の中に、現在の「管理規約」の原型となるような「御注意書き」があったことが記されています。
いろいろな意味で興味深いものがありますので、いくつか抜粋してご紹介します。
【階段、廊下、下水】
一、各戸の玄関先、廊下、おどり場には靴拭、牛乳壜、ハキヨセモノ掃除道具、炭箱、其他の品物を一切置かぬこと。
二、御互に申し合わせて階段、洗濯場、下水道の掃除をなさること。【台所、洗濯場、塵芥】
一、台所、玄関の床コンクリートには防水装置がしてありませんから決して水を流さぬよう十分に御留意を願います。
五、備付品を改造したり、持ち出したりせぬこと。
八、洗濯場水道を流れ放しとせぬ様水止栓にご注意下さること。【窓】
一、窓硝子に広告の文字を書いたり、窓や廂から広告板等をさげぬこと。
二、窓からは何者によらず一切捨てぬこと。
四、人目に付き易い場所に布団、其他の干物をなさらぬこと。【雑】
同潤会 「アパートメントお住込みに就ての御注意」
一、木柵や竹垣を無断で造らぬこと。
二、家禽、畜類を御飼養なさることは一切お断りいたします。
三、左記のアパートメントには居住者の親睦自治の機関として町内会が組織せられてあります。これは本懐の組織したものではありませんが会費も些少のことでありますから御入会なさる様御勧めいたします。
これらのことが100年近く前に設定されていたという普遍性に驚かされます。
特に、共用部分には私物を置くなとか、人目に付き易い場所で布団を干すな、町内会はマンションの組織ではないが入会を勧めるなどはこの頃からなのですね。
逆に、マンションでペット飼育が解禁され始めたのは2000年頃からですが、それまでは初期の頃から厳しく禁止されていたというのも興味深いです。
上記のように、同潤会アパートは途中で分譲マンションに切り替わりましたが、最初から「分譲マンション」として販売された日本最古の物件は、1953年築の「宮益坂ビルディング」です。東京都が11階建てで1~4階が店舗・事務所の複合型マンションとして分譲しました。「分譲価格100万円」、「エレベータガールのいるマンション」ということで話題になったそうです。当時は住宅ローンもなく、平均年収が20万円ちょっとの時代ですから、その5倍の金額を現金で用意できる富裕層向けであったことがうかがい知れます。
2020年に建替えられましたが、建替えが検討され始めたのは1978年、建替え決議があったのが2003年とのことですから、途方もない手間と時間を掛けた関係者の皆様に敬服します。
宮益坂ビルディングは東京都が分譲しましたが、民間が分譲した日本最古のマンションは1956年築の「四谷コーポラス」です。
四谷コーポラスは、各戸毎のオーダーメード設計や先進的なサービスを導入するなど、やはり歴史的な役割を果たしたマンションで、2019年に建替えられ「アトラス四谷本塩町」になっています。そのラウンジには四谷コーポラスの販売当時のパンフレットや、特徴的だった青い扉などが展示されています。
そして、1960年代から日本のマンションは、大量供給時代に突入します。
「日本のマンションの歴史~その2」に続きます。